「二子玉川国民学校」寄贈の人形浄瑠璃が復活へ-長野で50年ぶり上演会

寄贈された人形

寄贈された人形

  • 0

  •  

 「二子玉川国民学校」の学童と職員らの関係者が戦時中の疎開先だった長野県上伊那郡中川村へ寄贈した人形が、50年ぶりに同村の人形浄瑠璃上演会で復活する。

中川村に寄せられた感謝の手紙

[広告]

 同国民学校は現在の世田谷区立二子玉川小学校(玉川4)の前身。1942(昭和17)年4月に「京西国民学校二子玉川分教場」が独立して開設された。「中川村誌・下巻」によると、太平洋戦争の戦況につれて本土攻撃が激しくなったことを受け1945(昭和20)年5月24日、同校の職員と学童計81人が同村の「農業会建物」を宿舎として「片桐国民学校」へ学童疎開した。終戦後11月に東京へ引き上げ、帰京後には学童らから同村の女子青年団へ手紙を送るなどの交流が続いていたという。

 同村では、江戸時代末期に大阪の人形遣い師・切竹紋次郎一家が伝えた「横前人形」浄瑠璃の芝居が郷土芸能として上演されていたため、二子玉川の父兄らは終戦後に「疎開中お世話になったお礼に」と、人形師「天狗久」作の大型人形の首(かしら)7体と衣装を贈った。同村在来の15体に同人形が加わったことで、同村では1950年代ごろまで人形芝居の上演が盛んだったという。

 その後、後継者不足などの要因で1961(昭和36)年に興行がいったん途絶え、同人形は中川村民俗資料館に展示されていたが、50年を経た昨年、「村の文化財としての人形芝居を再興させたい」との願いを持つ住民ら有志が集まり「中川村人形保存会」が発足した。同会は本年度7月から3月までの全12回、一般公開講座の形で座学から実技指導までの「勉強会」を同村公民館と共催。今月24日には同人形を使い発表会を開くことになった。演目は「傾城(けいせい)阿波鳴門~順礼歌の段」。同事業は長野県「地域発 元気づくり支援金」を活用して行われている。

 発表会では、二子玉川国民学校の関係者が寄贈した人形も使われることから、今月4日、「世田谷区の皆さまを中川村へお迎えする会」代表の桂川雅信さんと同村役場職員2人が保坂区長を訪ね面談し、「自治体間の交流の再開の契機に」との願いも込めて、同時期に疎開をした「駒繁国民学校」(現・同区立駒繁小学校、下馬1)と合わせ両小学校の当時の関係者らを同発表会へ招待した。

 これを受けて世田谷区では現在、当時を知る地域の有識者や組織へ働き掛け、情報の収集に動いている(同区区長室)。

 同発表会についての問い合わせは中川村公民館(TEL 0265-88-1005、FAX 0265-88-4005)まで。

  • はてなブックマークに追加
エリア一覧
北海道・東北
関東
東京23区
東京・多摩
中部
近畿
中国・四国
九州
海外
セレクト
動画ニュース