世田谷区の「宇奈根考古資料室」(世田谷区宇奈根1、TEL 03-3749-1212)で2月1日、第8回特別展「ここまでわかった喜多見氏陣屋跡-重なり合う時代-」が始まった。
世田谷区内330カ所で発掘した土器や石器を洗浄・修復などの作業を行う場所のため、普段は一般開放していない同施設。同区教育委員会事務局生涯学習・地域・学校連携課文化財係が運営する。年に2回特別展を開催、地域の発掘調査結果などを発表している。
今回の展示では、16世紀末に徳川家康の御家人として登用された「北見(喜多見)勝忠」に関わる時代を中心に、その下に重なり合って埋もれた喜多見地域の歴史を紹介する。勝忠の孫の代には2万石の「喜多見藩」大名として栄えたが、その後刃傷事件により所領は没収、館は取り壊され「悲運の大名」として現在に知られる同氏。その「幻の館」の存在が再び歴史に登場したのは1986(昭和61)年で、喜多見1丁目における土地区画整理に伴う発掘調査で、堀(濠)や井戸、地下式抗、陶磁器などが大量に出土した。その後、調査の進行により次第に事実が明らかになり、伝承への疑問も提起されるようになった。
同陣屋遺跡は紀元前後から人々が「ムラ」(集落)として暮らした形跡が多く残されている場所で、12世紀の中世初頭の「掘立柱建物」「竪穴住居」の遺物も出土。「昔から館や城を造るには、とても良い立地だったのでは」と同資料室学芸員の寺田良喜さん。弥生時代中期から近世までの時代ごとにパネルや出土品を展示して同遺跡周辺の歴史について紹介している。
「地域の方々の喜多見氏への関心は非常に高く、周辺の方の来場が多い」と寺田さん。見どころに「遺跡から出土した中国で焼かれた高級陶磁器の展示もあり、茶の湯に造詣が深いと伝えられている喜多見氏を裏付ける資料」を挙げる。「喜多見氏という大名を通じて、近くて遠い江戸時代に触れるきっかけになれば」と来場を呼び掛ける。
公開時間は10時~16時。月曜・火曜休館。入館無料。今月28日まで。